インタビュー記事を勝手に添削:文章は「読者へのサービス」であるべき、なのか?

インタビュー記事を勝手に添削

今日の気になったインタビュー記事

「もがいてもがいてもがいてきた」(原文ママ)

 

2016年に大ヒットしたアニメ映画に関するヤフーに掲載された記事の中、小見出しに出ていたこの表現。

わたし自身、この映画を年末と年始で2回見ました。まず、複数回も映画を映画館で見ることはないのですが、その中身を確認するためです。細部のナゾが少しわかって、2度見てよかったですね。

 

さて、ちょっと気になったので、添削してみましょう。

このインタビュー記事は、監督への取材を元に構成されたもののようです。

しかし、この表現はどうなんだろう?

 

見る人が見れば、気になってその先に進めない程の表現です。
ほんとに、読ませる気があるのか?と、言われても反論できないような書き方です。

おそらく、一度見で読んで理解できる人は、ごく少数でしょう。

わたし自身、二度見どころか、三度見、四度見して、8秒ほど悩んだ挙句、ようくやく理解できた表現です。このように、読者に考えを強いる表現・表記は、不親切この上ないと思うし、書き手のエゴだと思います。

さて、文句ばかり言っても、「アレ」なので、具体的に良くない点を2つ挙げます。

 

  1. ひらがなの連続で、どこで切れるかわからない。

    「もがいても がいても」と読んでしまう。

  2. 「もがく」という、どちらかといえば、口語をそのまま表記したこと。

    インタビュー記事なので、おそらく、よほどの理由があってそのまま表記したのかもしれませんが、それなら読みやすく表記するのが、サービス業としての文章です。

 

共感される導入事例として書くなら、こう書く。

はじめに、「もがく=踠く」と漢字に変換しなかったのは評価できます。そもそも漢字に変換しては、みなさん読めませんから。

最近は、ワープロ機能(んな表現はイマドキしないかな?)が発達したおかげで、自分が知らない漢字も勝手に変換してくれます。しかしだからといって、むやみやたらと漢字にしてしまうのは、どこか知識を披露しているように思えて、あまり同意できないものです。

 

そのうえで。

「もがいた」を3回連続させるのは、印象に残る表現なので良いと思います。しかしそれなら、もうすこし、ていねいな表記にするべきでしょう。

インタビューライターのわたしなら、こう書きます。

 

A: 「もがいて、もがいて、もがいて、きた」

 

3つの「もがいた」をくり返すことに主眼を置きます。
仮に、三分割にすると、

「もがいて、もがいて、もがいてきた」

となりますが、そうしなかったのは「もがいて」+「もがいて+きた」になってしまい、繰り返しの要素が減り、印象が薄まってしまうからです。

おなじ「もがいて」を3回繰り返すことで、心の中で音読せずとも、目で文字を追うだけで、その内容を理解できるようになります。

 

余談ですが、もし、別の表記が許されるなら、わたしなら、こう書きます。

B: 「悩んで、苦しんで、もがいてきた」

 

もしこれを書くなら、あらかじめインタビューの席で、こう断りを入れておきます。

「『もがいた』というのは、悩んだり、苦しんだりしたということがある、ということですか?」

 

 

しかし、これは誰もができることではありません。
インタビューアーの力量がおおきく関わってきます。具体的には、3つのことが瞬時にアタマに浮かばなければできることではありません。

  1. 聞いた瞬間にその場で、
    「このまま書くとエライことになりそうだ」という
    アラートが心の中で鳴ること。
  2. それを回避するために、
    インタビューイーに「OKな別表現を認めてもらうこと」を
    瞬時にすること。
  3. そのOKな「別表現の候補を、ぶつける」こと。

 

あなたはこの表現、どうお感じになりましたか?

 

【今日の結論】

「読者に考えさせない」「負担をかけない」表現・表記にするのは、読者へのサービス。

 


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